こんにちは!土佐あかうし先生🐂です。
前回の記事では分娩監視システム「牛温恵」の活用術についてお話ししました。 非常に便利なツールですが、今回は私がこのシステムを頼り切り、自分の目を信じきれなかったことで起きた「失敗😣」について書こうと思います。
「まあいっか」という心の隙が、いかに取り返しのつかない事態を招くのか。 私自身の反省を込めて共有します。
【技術編を読む前の注意点】 ※本記事は、「経済動物」としての視点に基づいた繁殖経営のノウハウです。閲覧にご不安がある方は、[プライバシーポリシー‐免責事項]をご確認ください。
■自分の目を信じきれなかった、ある日の後悔
私が担当になってからのことです。通信環境の影響で誤診が続いていた時期、予定日間近の一頭の牛に目👀が止まりました。
餌は食べているものの、尻尾の付け根が以前より落ち込んでいる気がしたんです。 「そろそろ近いかな🤔」という直感。でも、牛温恵の通知はまだ来ていない。 「まあ、明日か明後日に段取り通知が来てから確認すればいいか」と、その日は頸管の確認をせずに帰宅してしまいました。
次の日、牛舎で私を待っていたのは、冷たくなった子牛の姿😢でした。
■道具に使われてしまった自分
段取りも駆けつけも、結局通知は来ませんでした。もしあの時、私が感じた「違和感」を信じて手を入れ、頸管を確認していたら……。少なくとも「泊まって見守る」という判断ができたはずです。
結局、私は便利なシステムを使いこなしていたのではなく、システムに「判断」を丸投げし、頼り切ってしまっていたんです。🤦🏻♂️
■「まあいっか」の精神を捨てる
この仕事は体力的にハードです。時間に追われると、どうしても「まあいっか」という精神が顔を出します。 しかし、牛は言葉を話せません。尻尾の落ち込み、落ち着きのない様子、便の頻度。彼らが出している些細なサインを見逃し、後回しにすることは、そのまま命の事故に直結します。
どんな些細なことでも、気になったらやる。「まあいっか」で後回しにしない。 この徹底こそが、命を預かるプロの農家に求められる資質だと痛感しました。😓
■最後に:機械と「対話」し、牛を「観る」
便利なシステムは、あくまで私たちの目をサポートする「道具」に過ぎません。 システムを信じつつも、最後は自分の目を信じ、牛の気持ちを理解しようと努めること。
今回の失敗を胸に、私は今日も一頭一頭の「違和感」と真剣に向き合っていきます。
🔔次回予告
【第17回】見逃し厳禁!分娩24時間前を知らせる「尾根部の落ち込み」と観察の優先順位


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