こんにちは、土佐あかうし先生です!
前回は、東京の先生が突然、高知の牛飼いになった**「大冒険の始まり」**と自己紹介をさせてもらいました。読んでくれてありがとうございます!
さて、予告した通り、今日は**一番聞かれる「なぜ教師を辞めたの?🤔」**という話に踏み込みます。安定した仕事を手放してまで私が現場に飛び込んだのは、決して後ろ向きな理由からではありません。
教師の仕事が**「窮屈な箱📦️」に感じられたのは、私が本当にやりたかった「生きた教育📖」**が、その箱の中では実現できなかったからなんです。
■ 教師は天職…ではなかった? 辞めた切実なワケ
私は生徒たちに農業の楽しさ、食の大切さを教えるのは本当に大好きでした。でも、正直に言いますね。教師という仕事は、本来の目的ではない**「やりたくない仕事」**が、あまりにも多すぎました。
- 終わりのない会議、雑多な事務作業。 先輩・上司を見ていると特に忙しそうで本来やりたかったはずの授業が片手間となっていました。
- 自分の教育観がなかなか反映されない組織のルール。
全て生徒のためであり大事な校務なのですが…私のエネルギーの多くは、本来の目的ではない校務や会議に奪われ、正直に言って、大変窮屈に感じていました。
本当に伝えたい「生きた農業」を教える時間がない!
このままじゃ、ただの理論や教科書知識しか教えられない。そう痛感した時、「教員という肩書き」よりも、「現場のプレイヤー」になる方が、私にとって理想の教育に近づく一番の近道💡だと気づいたんです。
■ 現場でこそできる!私の「教育者としての最終目標」
教師の立場を離れたのは、教育を諦めたわけじゃありません。むしろ、教育を現場で実現するために、自らフィールドを切り開くと決めたんです。
私の最終的な目標は、この雇用就農の経験を活かし、土佐あかうしで新規就農者として独り立ちすることです。
そして、自立した牧場が実現したあとには、こんなビジョンを持っています。
高校生や大学生の研修を受け入れ、自分の牧場を「生きた教育の現場」として開放する!
牛の誕生から日々の飼育、そして食卓に届くまでのプロセスをすべて見せ、生命の尊さ、食のありがたさ、そして畜産経営のリアルを伝える。教員という枠を超えて、私が本当にやりたい教育的な面での目標は、この現場でこそ実現できると確信しています。
■ 最後に:独り立ちへの第一歩、土佐あかうし
教師を辞めたのは逃げじゃなく、この最終目標に向かうための戦略的な決断でした。
今、私はその目標に向けて、高知の土佐あかうし繁殖経営の現場で、毎日必死で学んでいます。
さて、次なる疑問は、**「なんで、数ある和牛の中で『土佐あかうし』だったの?」**です。次回は、肉へのガチな思い🥩😍、A5ランク信仰を覆す高知独自の評価基準について、熱く語ります!
🔔 次回予告
【第3回】なぜ、幻の赤身和牛「土佐あかうし」だったのか?A5ランク信仰を覆す、私の食肉哲学

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